京都新聞より
『源氏物語で最古の写本発見』 定家本の1帖「教科書が書き換わる可能性」
源氏物語の現存する最古の写本で、鎌倉時代の歌人・藤原定家による「定家本」のうち「若紫」1帖(じょう)が、東京都内の旧大名家の子孫宅で見つかった。冷泉家時雨亭文庫(京都市上京区)が8日発表した。定家が校訂したとみられる書き込みや、鎌倉期に作られた紙の特徴などから、同文庫が定家本と鑑定した。
とのことです。
何が凄いって、800年前に書かれた本が現代でも読めるということが驚異です。
写本の写真を見ても、墨はクッキリと黒く、
紙は変色していても、読むのに支障ありません。
古代日本の技術の確かさも示す今回の大発見。
日本人は昔から物凄い技術を持っていたんですねぇ。
が、真に凄いのは、「保存する」という行為そのものだと思います。
本自体がしっかりしていても保存方法によっては傷みが激しくなります。
何も考えずに置いておくだけでは
ここまで美しい状態で保存されていないはずです。
湿気が多いと紙が傷み、場所によっては虫に喰われますから。
写本は、持ち主の御祖父が集めておられた
茶器の収蔵用の箱に収められていたそうですが、
御祖父が大事にされていたものを今の持ち主も大事に思い、
丁寧に保存されていたのだと思います。
この、過去のものを大切に受け継ぐ行為が今回の発見につながり、
古代日本人の文化を知る機会が増えたのです。
これはもう、歴史の勉強そのものです。
当然ですが、歴史は人によって作られるもので、
敬意をもって次代に受け渡すことで成り立っています。
そのまま受け渡していくことも、勿論良いことなんですが、
ちょっと振り返ってみて、過去から学ぶこともまた良いことです。
温故知新てやつですね。
実は、教育制度は江戸時代の方が今より遥かに良いものだったり、
ひと昔前まで日本がやっていた終身雇用制を欧米が今になって
実施したりしています。日本は欧米に影響されて終身雇用やめてますがね。
未来になればなるほど進んでいるのは技術などで、
制度や考え方が進んでいくとは限らないのです。
過去の制度が今より進んでいることなんか、普通にあり得るのです。
今回の源氏物語のことも考えてみましょう。
源氏物語は女流文学です。
当たり前ですね。現代では普通のことです。
が、平安時代の頃の女性に教養があるのは、世界的に見て奇跡なんです。
当時の世界の他の国々では、女性は明確に差別されており、
不当な扱いを受けても、それも当然とされる存在でした。
字を読み書きできる女性はほとんどいません。
ましてや、小説を書けるだけの語彙力なんて持てる訳もありませんでした。
現代では女性を大切に扱うというレディファーストも、元々は
「この部屋に暗殺者がいたらどうしよう…。
そうだ!女性を先に入らせて安全確認しよう!」
という説があるくらいです。
そんな時代に、女性が伸び伸びと自分の考えを文章にまとめて本を作ってしまう。
現代風に例えると、
世界中で女性が奴隷のように毎日こき使われているのに、
日本では、一人の女性がパソコンを駆使して
CGや3Dやホログラムとかの映画を
シリーズで作ってました
くらいのことでしょうか。
時代背景を考えると多分もっと凄いことです。
例える力が足りなくて本当にもどかしい…。
男女平等だ、雇用機会均等だ、セクハラだ、家事なめんな…。
…本当の歴史では、日本がとっくに解消していたんですね。
教科書には書かれていませんがね。
女系天皇が認められていないじゃないか!
とか、勉強不足も甚だしい、本当に恥ずかしい意見です。
歴史を正しく学ぶと、
なぜ日本が世界最古の歴史を誇る国なのか
が理解できます。
今回の発見も、過去の新しい一面を垣間見る絶好のチャンスだからこそ
歴史的大発見な訳です。教科書が書き換わることなんかオマケに過ぎません。
歴史の重みは国の重み、
国の重みは人の重み、
人の重みは、
日本人にとっては公に向けた行動だと考えます。
自分本位な考え方では、国全体が発展しないからです。
国全体が発展しないと、個人が大切に扱われません。
国があっての国民であり、国民が支えてこその国です。
どっちが大事とかではなく、どっちも大事。
そして、公に向けた行動をとるためには、人格を磨かなくてはいけません。
自分という存在に自信が持てるように、
軸となる考え方、技術などを身に付け、
何をもって行動の規範とするのかを常に考える。
「この人は信頼出来る」という人物を目指し、
また、その思いに応えていく。
勉強の本質とは、美しい人間を作ること。
そのことを胸に刻んで、日々生徒と勉強していきます・
最後まで御覧くださり誠にありがとうございます。